AI を使った副業を調べていると、語学を活かしたいという相談に何度も行き当たります。Yahoo!知恵袋では、「副業で翻訳をしたいが、何から始めればいいのか」「TOEIC のスコアがあれば、翻訳のチェックで月 10 万円から 20 万円くらい稼げるか」といった質問が、時期を変えて繰り返し出てきます。
その一方で、「AI のせいで翻訳の仕事が壊滅したという話は本当か」という質問もあります。始めたい人と、もう終わったのではと心配する人が、同じ場所で別々に質問している形です。
私は翻訳の仕事をしたことがありません。なので、業界団体の調査と、翻訳会社や現場の人が公開している説明を順に読みました。この記事はその記録です。
読んだもの
- JTF ジャーナル WEB 版「ポストエディット最前線 新時代のスキルで切り拓く翻訳者の未来」(2026 年 6 月・7 月掲載の講演録)
- 一般社団法人 日本翻訳連盟(JTF)「翻訳・通訳業界調査」の案内ページ
- ポストエディットの国際規格 ISO 18587 について、翻訳会社数社が公開している解説
- みんかぶマガジン(Yahoo!ニュース配信)の、翻訳を副業にしていた人の体験記事(2026 年)
「翻訳の仕事は壊滅した」という話
まず、減っているという話から確かめました。2026 年に配信された体験記事では、本業で IT に関わりながら英語を活かして翻訳の副業を始めた人が、その後の変化を書いています。最初の仕事は約 20 万円で、月 2〜3 万円になる時期が何か月かあったそうです。
ところが現在は、英語から日本語への翻訳案件がほとんどなくなったと書かれています。理由として挙げられていたのは、AI で対応できる仕事が増えたことでした。逆に日本語から英語への案件は、英語を母語とする人が求められることが多く、入れる余地が限られていたそうです。
一人の経験ですが、知恵袋の回答にも、実務翻訳では翻訳者への需要がすでに減っていて、これからも減っていくだろうという見方がありました。ここまでは「壊滅」という言い方に近い話でした。
業界調査では、何が増えていたか
次に、業界全体の数字を探しました。日本翻訳連盟(JTF)は 2004 年から「翻訳・通訳業界調査」を続けていて、第 8 回は 2025 年 3 月から 4 月にかけて行われています。案内ページによると、今回は生成 AI による業務の変化やポストエディット業務の広がりが新たな観点として加わっていました。
報告書そのものは一般販売されておらず、回答者と会員向けに配られる形です。私は本体を読めていません。代わりに、JTF ジャーナルに載った講演録で、この調査の一部の集計が紹介されていました。
| 項目 | 講演録に書かれていた内容 |
|---|---|
| 調査期間 | 2025 年 3 月 3 日〜4 月 18 日 |
| 回答数 | 法人 152 社・個人 680 名 |
| 質問 | ポストエディットの打診および依頼が前年と比較して増えたか |
| 「増えた」 | 230 名(全体の 33%と説明) |
| 「変わらない」 | 133 名 |
講演者はこれを、ポストエディットの需要が増えている傾向を示すデータとして紹介し、あわせて「これは 1 つの調査結果に過ぎない」とも断っています。「減った」と答えた人の数は講演録には載っていませんでした。
体験記事と並べると、見えてくる形があります。人がゼロから訳す仕事は減り、AI が訳したものを人が直す仕事の打診は増えている、という読み方です。「壊滅した」と「まだ稼げる」は、別々の仕事を指していた可能性があります。
ポストエディットとは何をする仕事か
ポストエディット(PE、MTPE とも)は、機械翻訳が出した訳文を人が確認して直す作業です。翻訳会社の解説を読むと、どこも二つの種類に分けて説明していました。
| 種類 | 目指すもの | 使われる場面の例 |
|---|---|---|
| フルポストエディット | 人がゼロから訳したものと同等の品質 | 企業の Web サイト、マーケティング資料、製品マニュアル |
| ライトポストエディット | 内容が正しく理解できるところまで | 社内向けの資料、内容確認用の契約書ドラフト |
フルポストエディットは、国際規格 ISO 18587 で定義されている作業です。講演録では、その定義を「通常翻訳によって得られる成果物と同等の成果物を得るためのプロセス」と訳していました。つまり仕上がりに求められる水準は、普通の翻訳と変わらないということです。
ライトポストエディットは、翻訳会社の解説によると ISO 18587 の対象外とされています。講演録では、ライトの中身はクライアントによって大きく違うと説明されていました。大意さえ正しければよいという発注もあれば、誤訳は一つも許さないが文体の洗練は求めない、という発注もあるそうです。求められていない修正をしないことも注意点として挙げられていました。複数人で分担する案件で、一人だけ手を入れすぎると仕上がりがそろわなくなるためです。
単価について書かれていたこと
講演録には、ポストエディットの単価は通常の翻訳より低く設定されるのが一般的だと書かれていました。その理由は、機械翻訳を使うことで作業が速くなり、その分がクライアントに価格として還元されているから、と説明されています。「単価が低い=楽な仕事」ではない、というのが講演者の強調していた点でした。
具体的な単価の相場は、講演録にも JTF の案内ページにも載っていませんでした。副業向けの記事にはいくつか金額が出てきますが、出典が分からないものが多く、この記事では扱いません。
誰の仕事になるのか
ここが、知恵袋の「英語がそれほど得意でなくても、AI があれば翻訳の副業はできるか」という質問に一番かかわる部分でした。
講演録では、ポストエディターに求められることを「クライアントに代わって、翻訳にリスクがないことを保証する」ことだと説明していました。機械翻訳は、どれだけ精度が上がっても、自分の訳が正確だと保証して責任を負うことはできない。契約書の誤訳やマニュアルの誤解から生じるリスクを見つけて取り除くのが人の役目だ、という趣旨です。
別の翻訳会社の解説には、もう一つ気になる指摘がありました。いまの機械翻訳は表現が自然なぶん、原文とまったく逆の意味に訳されていても、流ちょうに読めてしまって見逃すことがあるというものです。
この二つを並べると、条件がはっきりしてきます。ポストエディットは、訳文を読みやすく整える仕事ではなく、原文と訳文を突き合わせて、どこが間違っているかを判断する仕事です。日本語として自然かどうかだけを見る人には、自然に読める誤訳を見つけられません。
「AI があれば語学力はいらない」という宣伝を見かけることがありますが、読んだ資料からは、その逆の条件が読み取れました。AI が下訳を担う分、人に残るのは原文を読み解いて誤りを見つける部分です。知恵袋の回答でも、翻訳会社のトライアル(試験)を受けて登録するのが一般的な入り口だと説明されていました。
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始める前に確かめておくこと
副業として受けるときに、翻訳そのものとは別に確認しておきたいことが二つありました。
一つは、預かった原稿をどの AI サービスに入れるかです。発注者の資料を無料版の翻訳サービスや生成 AI に入れると、入力内容の扱いはそのサービスの規約次第になります。会社の資料を AI に入れる場合の規約の読み方は、別の記事で整理しています。
もう一つは、受注した場所のルールです。クラウドソーシングで翻訳の仕事を受ける場合、AI を使ってよいかどうか、使ったことを伝える必要があるかは、サービスの規約と個々の発注条件で決まります。こちらも別の記事で読んでいます。
調べても分からなかったこと
- JTF 調査の全体像。報告書本体は一般販売されておらず、講演録で紹介された一部の集計しか確認できていません
- ポストエディットの単価の相場。出典のはっきりした公開データを見つけられませんでした
- 副業の人がどれくらい PE を受けているか。調査の個人回答者のうち、副業と専業の内訳は講演録に載っていませんでした
- 英語以外の言語の状況。今回読んだ資料は、英日・日英を前提にした説明がほとんどでした
まとめ
- 英日翻訳の副業は、人がゼロから訳す形の案件が減ったという体験が公開されている
- JTF の第 8 回調査では、ポストエディットの打診が「増えた」が 230 名で、「変わらない」の 133 名を上回ったと紹介されている
- ポストエディットにはフルとライトの二種類があり、フルは通常の翻訳と同等の品質が求められる
- 単価は通常翻訳より低く設定されるのが一般的とされるが、相場の公開データは見つからなかった
- 人に残るのは、原文と訳文を突き合わせて誤りを見つける部分と読める
- 受ける前に、原稿を入れる AI の規約と受注先のルールを確かめておく
「翻訳の副業は終わった」も「AI があれば誰でもできる」も、どちらも一部だけを見た言い方でした。調べた範囲では、仕事の形が「訳す」から「確かめて直す」へ移りつつあり、その仕事には原文を読み解く力が前提になっている、というところまでが言えます。
※この記事は 2026 年 9 月時点で公開されている JTF ジャーナルの講演録、JTF の案内ページ、翻訳会社の解説、報道記事を読んだ記録です。翻訳の実務経験にもとづくものではありません。調査の数値は講演録で紹介された範囲のものです。




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