本棚を整理していて、赤い背表紙の本が出てきました。『ゼロから作る Deep Learning』です。
初版は 2016 年 9 月。生成 AI が話題になるずっと前の本です。当時は「ディープラーニング」という言葉自体が、まだ説明を必要としていました。
10 年前の技術書です。普通なら処分の対象になります。ところが調べてみたら、2026 年 6 月に第 6 巻が出ていました。
10 年続いている。しかも 1 冊目がいまも売られている。これは何なのか、というのがこの記事です。
「ゼロから作る」の意味
題名がそのまま方針になっています。
外部のライブラリに頼らずに、Python 3 だけでディープラーニングを作ります。TensorFlow も PyTorch も使いません。
これは 2016 年当時でも非効率な作り方でした。実務なら既存のライブラリを使えば済みます。それでも一から書かせるのは、中で何が起きているかを見せるためです。
扱う範囲はこうです。
- パーセプトロンとニューラルネットワークの基礎
- 誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)
- 畳み込みニューラルネットワーク(CNN)
- ハイパーパラメータの決め方、重みの初期値
- Batch Normalization、Dropout、Adam
- 「なぜ層を深くすると精度が上がるのか」という問い
最後の項目が、この本の性格を表しています。使い方ではなく、なぜそうなるのかを扱います。
10 年で 6 冊になりました
調べていて驚いたのが、シリーズの続き方です。
| 巻 | 刊行 | テーマ |
|---|---|---|
| 1 | 2016 年 9 月 | ディープラーニングの基礎 |
| 2 | 2018 年 7 月 | 自然言語処理 |
| 3 | 2020 年 4 月 | フレームワークを作る |
| 4 | 2022 年 4 月 | 強化学習 |
| 5 | 2024 年 4 月 | 生成モデル |
| 6 | 2026 年 6 月 | 最新刊 |
おおむね 2 年ごとに 1 冊です。同じ著者が同じ方針で書き続けています。
5 巻が分かりやすい例です。テーマは生成モデルで、正規分布から拡散モデルまでを順に実装し、最終的に Stable Diffusion のようなものを作るという構成になっています。
いま話題になっている画像生成 AI が、この本では「ゼロから作る対象」として扱われている。10 年前の 1 冊目と同じやり方です。
著者は研究者ではなく、現場の人でした
本の性格を決めているのは、著者の立ち位置だと思います。
斎藤康毅さんは 1984 年生まれ。東京工業大学工学部を出て、東京大学大学院の学際情報学府で修士課程を修了しています。刊行当時は企業でコンピュータビジョンと機械学習の研究開発に従事していました。
大学の講義録でも、企業の宣伝でもありません。実際に手を動かしている人が、自分が理解した順番で書いたという形です。
説明の運び方にそれが出ています。数式を先に置いて「これを覚えてください」とはしません。簡単なコードを書かせて、動かして、そのあとで「いまやったのはこういうことです」と数式が出てきます。
順番が逆だと、たぶん途中で投げていました。
2016 年の本が、なぜ残っているのか
技術書は普通、数年で古くなります。ライブラリのバージョンが変わり、書いてあるコードが動かなくなるからです。
この本が残っているのは、ライブラリを使っていないからだと思います。
フレームワークの使い方を書いた本は、そのフレームワークが変われば古くなります。ところが数式と、それを Python で書き下した部分は変わりません。誤差逆伝播法は 2016 年も 2026 年も同じです。
非効率な作り方を選んだことが、結果として賞味期限を延ばした。そういう本だと思います。
いま読む意味があるか
ここは分けて考えたほうがよさそうです。
| 目的 | この本が合うか |
|---|---|
| AI を仕事で使いたい | 合いません。使い方の本ではありません |
| プロンプトをうまく書きたい | 合いません。別の本を探してください |
| 中で何が起きているか知りたい | 合います |
| 数式をコードで確かめたい | 合います |
いまの AI 関連書の多くは「どう使うか」を扱います。それはそれで必要です。この本はその手前にあります。
生成 AI を使っていて「なぜこの答えが出たのか」が気になる場面があります。そこを埋めたい人には、遠回りに見えても近道かもしれません。
読むのに必要なもの
正直に書いておきます。軽い本ではありません。
- Python が読めること。入門部分は本書にもありますが、初めてだと二重に大変です
- 手を動かすこと。読むだけだと途中で何をしているか分からなくなります
- 時間。通勤中に流し読みする種類の本ではありません
数式も出てきます。ただし説明を飛ばさずに書かれているので、高校数学あたりまで戻れば追えるように作られています。
私が買ったときも、机の前に座って写経する形で進めました。電車の中では 1 ページも進みませんでした。
ライブラリを使う本とは、役割が違います
同じ時期に買った本に、scikit-learn を使う機械学習の入門書や、pandas でデータを処理する本があります。並べてみると役割がはっきり分かれます。
| この本 | ライブラリを使う本 | |
|---|---|---|
| 目的 | 仕組みを理解する | 結果を出す |
| 書くコード | アルゴリズムそのもの | ライブラリの呼び出し |
| 古くなり方 | 古くなりにくい | バージョンで変わる |
| 仕事で使えるか | 直接は使わない | そのまま使える |
どちらが良いという話ではありません。締切がある仕事なら後者を使います。
ただ、ライブラリを呼ぶだけだと思ったとおりに動かなかったときに手が止まります。中で何をしているか分からないので、どこを疑えばいいかも分からない。
この本を先に通しておくと、その「どこを疑うか」の勘が少し働くようになります。私の場合はそこが一番の収穫でした。
どの巻から入るか
6 冊あると迷います。
1 巻からで問題ありません。各巻は独立して読めるように書かれていますが、1 巻で作った土台の上に後の巻が乗っています。
生成 AI に関心があって 5 巻から入りたくなるかもしれませんが、そこは順番どおりのほうが早いと思います。1 巻を飛ばすと、5 巻で「これは 1 巻でやった」という記述に何度も当たります。
途中で止まっても構わないと思います。1 巻を最後まで通す必要も、実はありません。
ニューラルネットワークが数字を受け取って答えを返すまでの流れが手元で動いた時点で、「中で何が起きているか分からない」という状態からは抜けます。そこまでで前半です。
後半の CNN や実践的なテクニックは、必要になったときに戻れば済みます。最初から全部読もうとすると、たいてい途中で止まります。
いま買う場合
1 巻はいまも新刊で買えます。2016 年の本がそのまま並んでいるのは、技術書としては珍しいことです。
誤植の情報は出版社のサイトで公開されています。買ったら最初に確認しておくと、詰まったときに悩む時間が減ります。
まとめ
- 初版は 2016 年 9 月。それでも 2026 年 6 月に第 6 巻が出ている
- 外部ライブラリを使わない方針が、結果として賞味期限を延ばした
- 扱うのは「どう使うか」ではなく「中で何が起きているか」
- 5 巻では拡散モデルまで自分で実装する
- 手を動かす前提の本。読むだけでは進みません
- 迷ったら 1 巻から。飛ばすと後で戻ることになります
- 最後まで通す必要はありません。前半で手元が動けば十分です
※本記事は 2026 年 9 月 9 日時点の情報をもとにしています。刊行状況や価格は変わることがあるため、購入前に各書店でご確認ください。


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